こんばんは。
先日は、子どもが春休みだったので埼玉にある実家に帰省しました。
そしてやっぱりこの時期はお花見ですね^^
近所のさいたま市北区にある「市民の森」でお花見をしてきました。
ほぼ満開。桜の下で食べるお弁当は格別ですね。
さて、市民の森のすぐそばには、荒川水系荒川の支流である芝川が流れています。
黄色い菜の花が土手沿いに咲いており、散歩を楽しむ方が気持ちよさそうです。
江戸時代の芝川
芝川は、見沼たんぼの開発と深く関わっています。
芝川の中流付近は、自然の遊水地「見沼(みぬま)」として、周りの水田や畑をうるおしていましたが、水深が浅かったために、日照りが続くと、水が干上がることが多かったようです。
そこで、1629年に、伊奈忠治(いなただはる)の指揮のもと、長さ8丁(870メートル)の堤(八丁堤(はっちょうてい))で見沼をしめきり、灌漑用水池である「見沼溜井(みぬまためい)」をつくりました。
八丁堤より下流の地域で は,新田開発は進みましたが、耕地の拡大に伴い、溜井の水だけでは不足することがあったようです。
その後、徳川吉宗 の命を受けた 井沢弥惣兵衛 (いざわやそべえ)が、新たに利根川から用水を引き、見沼溜井は干拓して新田として開発されました。
用水は取水口の利根川から見沼まで全長60kmで、1728年につくられ ました。
見沼の代用の用水なので、見沼代用水(みぬまだいようすい)と呼ばれ、東縁(ひがしべり)と西縁(にしべり)があります。
水田で使用された水は、排水路として芝川へ排水されました。
見沼たんぼ開発前の芝川
気になるのは見沼溜井ができる前の見沼・芝川のようすです。
自然の遊水地として見沼があり、そこへ流れ込む芝川は、きっときれいな小川だったのではないかと想像しています。
芝川の流路は、大宮台地の中にある「芝川低地」と呼ばれる低地にあります。
おそらく台地と低地の境目から湧きでる湧水があって、その湧水を集め芝川となり、見沼の水源となっていたのではないかと思います。(芝川の水源については機会があればまた調べてみたいと思います。)
現在の芝川は、生活排水や農業排水が流れ込む川で、「きれいな小川」とは、まだ呼べるものではありませんが、あそべる小川になって欲しいと願います。
小川の動画
そんな芝川のあめんぼ目線カメラ映像はこちらです。
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参考文献:
1: 芝川・新芝川清流ルネッサンス(リーフレット)
2: 第4回世界水フォーラムにご出席された皇太子殿下の基調講演(宮内庁ホームページ)
3: 見沼たんぼのホームページ(見沼たんぼの地形)